皆様覚えていらっしゃるでしょうか?常連さんがほとんどいない寂しいブログで一体誰に向かって言ってるのかはさておき、去年から執拗に夕張の三弦橋に迫ろうとし、ことごとく断念してきたということをとりあえず初見さんに言っておきたくて。具体的に言うと1、2、3、4回とブログに書いてない1回の計5回。ロケット団ばりの失敗続きだったのですが、このほど確実に三弦橋に行けそうな手段が見つかったので、今日はそれに備え下見に来てました。
それで本題ですが、下見でシューパロ湖周辺、特に白金付近に出没していたら金尾別橋梁に行けてしまったので今日はそのお話です。金尾別橋梁についてはこちらで少し触れているとおり、夕張岳森林鉄道の一橋梁です。
下見してて「あわよくば……」なんて思ってはいましたが、目視してしまった瞬間行けると確信し行かずにはいられなくなってしまいました。ここまで見えて近づいて、行かないという選択肢は無いでしょ。
写真左の高台の上が白金の開拓地跡。離農で荒れ放題になったのち現在は夕張シューパロダム完成後の水没に備えてキレイさっぱりになっています。高台と川は30mほどの高度差と急斜面で遮られているので、河道まで降りられるルートはごくわずか。そのうちの一つが金尾別橋梁のド正面に降りられるではありませんか。去年林鉄に沿って歩いたものの土砂崩れで地団太を踏んだ場所からわずか250mほど。その短距離が僕の心に塩を塗りやがります。
渡渉して袂まで来ました。シューパロ湖の水位によってはこの辺りは水没してますが、今日のところは大丈夫のようです。金尾別橋梁は上路式ワーレントラス(26m*2)を主径間、鈑桁(10m*2)を側径間とする鋼橋です。普通の鉄道橋らしからぬ細い部材、道路橋らしからぬ狭い幅員が林鉄であることを物語っています。
家に帰ってから気づいたんですけど、斜材は中央寄りは細く、端よりは太くなっておりました。あら奥さん節約上手ですのねぇ。
←起点側側径間 終点側側径間→ |
起点側・終点側の側径間にともに1径間のガーダーを確認しました。
金尾別橋梁をいろんな方向から見てたら、近くにこんな物体がありました。どう見ても橋脚です、ありがとうございました。これはどうやら旧金尾別橋梁の橋脚のようです。同じ川にあるのにも関わらず、ものの見事に金尾別橋梁から見えない位置にありました。
旧金尾別橋梁は主径間に20mの上路式ハウストラスと側径間に5mの版桁*7を持ち、すべて木造という橋でした。1944(昭和19)年8月竣工。写真に想像図描きこんでみたら木が太過ぎました。
この橋は1949(昭和24)年8月23日、5トンの蒸気機関車2両と貨車8両が通過中、主径間が落橋し7人の負傷者を出す事故が起きました。のちの調査で
- 成長の良すぎる材の使用
- ボルト接合部に節が侵入
- アテ材の多用
- 材の腐朽
という木材の不良が事故原因として挙げられました。当時傾斜木か虫害木しか使わせてもらえず、また橋の耐久性が5~8年という時代にちょうど竣工から5年目ということで腐食も進んでいたことでしょう。1944(昭和19)年下夕張、1946(昭和21)年定山渓の各森林鉄道でも木橋の落橋があり、1948年度~1954年度(昭和23~29年度)まで札幌営林局管内では鋼橋への切り替えが進みました。特に初めの3年間は夕張だけでの架けかえでした。旧金尾別橋梁は1950(昭和25)年に新橋がかけられます。これが先に見た鋼橋の金尾別橋梁です。まだ戦後の貧乏期にあった北海道、やっと戦後の鋼道路橋第1号が誕生したのが1948(昭和23)年。そんななかでの架けかえを行うのは英断だったと思います。
金尾別橋梁は見るだけ見たので、下見に戻って再び白金を徘徊している時にふと森の中に目をやると
あんなところに何か
あるように見えるんだが。
橋ジャン。立地的に夕張岳森林鉄道の橋に間違いないと思うけど、下調べでは全く存在が浮かび上がらず、家に戻ってから調べても正体不明のまま。だ、誰だお前!
3連の鈑桁。終点側(これが林鉄の橋だとすればだけど)の1径間はカーブし支間が短いです。銘板にによると1930(昭和5)年の製造ですが、おそらく戦後に国鉄から払い下げたものを再利用しているのでしょう。
橋の隣には2つの橋脚跡と思われるコンクリート塊が並んでいます。こちらは鋼橋に付け替えられる前の木橋がかかっていたんでしょうか。
という謎の橋との遭遇したところ今日のお話はおしまい。謎の橋の正体をご存知の方は是非ご一報を。
この辺の橋って「夕張シューパロダム湖周辺の橋梁群とその景観」として市指定記念物になっていて、夕張市のホームページの資料『「夕張シューパロダム湖周辺の橋梁群とその景観」の内訳』によると、僕が出会った謎の橋は資料でいうところの(仮称)第9号橋梁ですね。それとJKTでおなじみの6号とこの9号との間にまだ2本も見のがしがあったのは修行不足でしたなあ。地形から1本は大体見当ついたけど最後のひとつはどこだろう。いつか行ってみよう。あと当該リストは白金川上流の橋現存してるのに記載が無くて気がモヤモヤします
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