良い天気ですねー。先週は天気悪くてホントに全く閉じこもりだったので、は気分転換に公園に散歩しに来ました。
公園から少し歩いたら人家が見えてきました。まあ人のいない所に公園はないでしょうからね。でもあれ?電気通ってない?
荒野の先にもう一軒家が見えましたが、確認するまでもなく廃墟。
ここはいったい何なのか。古い地図を見るとここは高野台団地(高野団地)という団地だったらしい。ソースが不適当で申し訳ないのですが、まちBBSによると高野観光開発(現タカノ)さんという会社が造成した団地らしく、早速ホームページに行ってみると1964(昭和39)年から122,000m2の開発をしたらしい。会社にとっては黒歴史なのかそれ以上の情報は得られず。ということで図書館行って住宅地図を見てみましょう。
と誤魔化してみましたが、図書館閉館15分前に行ったのでこれ以上調べられなかっただけです。別に国や黒い大企業はかかわってないと思いますよ。地図見て頂ければ分かりますが、立地が原因じゃないですかねぇ。街との比高に加え、小売なし、学校なし、おそらく公共交通なし、更にこの立地だと上水道の事情も悪そうな感じで、僕なら住まないです。
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2026-06-26T07:29+09:00(JST)
初めまして。記事を拝見し、あまりの懐かしさに嬉しくなってコメントさせていただきました。
私は昭和40年代から昭和50年代まで鷲別に住んでおり、地元の学校に通っていました。
当時は国道36号沿い(鷲別4丁目)に消防署や鷲別公民館があり、公民館前に高野台団地を往復する高野観光さんのマイクロバスが定期的に停まっていたのをよく覚えています。
高野台団地には当時から興味があり、小学生の頃に山頂まで自転車を押して登ったこともあります。当時は線路から道道まで(若草小や住宅街も)が沼地でした~。その沼地沿いを亀田公園まで未舗装道を自転車で走ったり、ぼうず山を登って尾根沿いに高野台まで行こうとして、途中で怖くなって引き返したり(笑)。
高野台までのマイクロバスを見かけなくなったので住民の生活を心配していました。
貴重な記事のおかげで、当時の記憶が鮮度そのままによみがえりました。素敵な記事をありがとうございます。
2026-06-27T16:12+09:00(JST)
コメントありがとうございます。
往時の団地の様子を詳しく教えていただき、大変興味深く拝読しました。私が知ることのできない当時の風景や暮らしの様子が目に浮かぶようで、とても貴重なお話をありがとうございます。
消防署や公民館、バスのお話や、沼地だった頃の風景など、一つひとつが当時を知る貴重な記録だと感じました。
僕には現在の姿を記録することしかできませんが、このように往時をご存じの方からお話を伺えることは何より嬉しく、記事を書いて本当によかったと思いました。
ちなみに僕は高野台団地に2度行っておりまして、2度目の訪問時はぼんず山から尾根伝いに歩いていきました。尾根からは鷲別・若草の街並みやイタンキ浜、遠くには白鳥湾も見えてとても良い景色でした。
