中外鉱業上国鉱業所跡

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2連に別れた今年のGW。今日は前半3日の最終日となりました。後半は既に予定入っているので僕のフリーデイは今日でラストとなります。今日は上ノ国町に国際救助隊の基地があるらしいと聞きつけ真相を探りにやって来ました。いや今日は上ノ国町の中外鉱業上国鉱業所跡にやって来ました。


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上ノ国の市街地から国道を南に17km、さらに道道607号を東に5km。右手に見えるのが写真の施設。のっけから見つけちゃいました。これはサンダーバード1号の発射台で間違い無しでしょう。しかも14機もありますぜ。さすが平和日本、治安も良ければ災害対策もバッチリですね。いやいやそうじゃなくて、これは中外鉱業上国工業所の「焙焼炉」と呼ばれる施設だそうです。1962(昭和37)年の資料では12基、もっと古い写真では8基しか写ってないので時代とともに増築を繰り返してきたみたいです。中外鉱業上国鉱業所は主にマンガンを産する鉱山で、採鉱された鉱石を砕いて精鉱し、その過程で焙焼炉で焙焼したそうです。


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高さ13.8m、内径2.3~2.5m、レンガの内張りに外は鉄筋コンクリート(鉄筋が全然見あたらないんですけど)。焙焼に使われただけあって剥がれ残ったレンガには煤が残っています。


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サンダーバード1号の発射台から程なくしてコンクリートの建物が見えました。距離にして約500m、山を一つ挟んで反対側にあたります。下からかなり上の方までポツポツと標高差50m以上もの急斜面に散在する施設跡は、度が過ぎた梯郭式平山城といったところ。


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ここには往時は神子畑選鉱所を切り取った感じの、やたらと立体的な選鉱場がありました。掘り出された粗鉱はロープウェイでこの建物上部のグリズリに注がれクラッシャで砕かれ大きさ別に手選や浮選や重選(で選鉱して、手選・重選精鉱は例のサンダーバード1号へ、浮選精鉱は焼結という一連の作業が行われていました。実際はもっと複雑なのですが、鉱山に疎い僕が頑張って資料を読んでみたものの、吊橋好きなだけあって索道のあたりしか読み取れずこのザマでした。


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もうちょっと選鉱場跡に近づいてみました。廃墟ではなくあくまで跡地であって土台しか残っていませんでした。ところどころに窓的な穴やホッパ的なものもありますが、まともに入れるものではあません。


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唯一部屋と呼べるほどの広さを持った空間を見つけましたがゴミやら何かの残骸やらの隠れ里でした。


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選鉱場はこれぐらいにしてもっと奥に分け入ってきました。舗装された道から外れると鉱山施設ではない廃墟があったので見てみます。たぶんこの中には通信機能がついた目が光る肖像が。あるわけ無いです。


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写真の中で現存していたのはこの廃墟のみ。鉱山関係者用住宅と思われる長屋が並ぶ中で数少ない一軒家です。お偉いさんが住んだ家でしょうか。


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玄関の中も外も野外。敷居を越えて野外に上がらせて頂きます。廃墟に入る時でも「失礼しま~す」って言っちゃうのは僕だけじゃないですよね。あと廃墟に入る時でも土足だと忍びないですね。


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一部が崩壊し完全に2棟に分離しています。離れになったのはトイレの様でした。これじゃ夜中トイレに行けないよぅ。1階は全体的に荒れちゃって廊下以外は足の踏み場のない状態でした。


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2階は20畳以上ある大広間。他に小部屋が2つと屋根裏があり、どこも鳥の羽や巣の材料が散乱していました。動物にしてみれば雨風しのげる超がつくほどの豪邸なんでしょうね。


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壁のカレンダーは1971年でストップ。この頃に無人なった?


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廃墟を出て道を川沿いに遡り、地形図で示された「採鉱地」に来ました。廃坑の注記がある通り採掘は行われていませんが、現役臭をプンプン放つ施設が幾つか見えます。


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上で写ってた緑の蚊帳の影には「五十米坑坑口」と掲げられた穴。かつてはランプ付きメットを被った男達が仕事に向かう穴だったことでしょう。現在は奥に板が張られ鉱水の出坑しか許されません。


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五十米坑坑口の近くにもうひとつ、「八十米坑坑口」というのもありました。こちらも閉塞の方法は違えど鉱水が流れ出るだけです。鉱水は緑の蚊帳に集められわざわざ水路で下流に運ばれているので、処理が現在も続けられているのでしょう。


さらに川沿いを上流に向かうと今井石崎鉱山という経営者を異にする鉱山がありました。そこまで見ようと思いましたが途中の橋がなくなっていたので取りやめて選鉱場の上を目指してみます。


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普通に選鉱場を登頂してもいいのですが旧版地形図には上まで至る道路があったのでこれを使わせて頂きます。


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旧版地形図では車道として描かれてただけあって警笛鳴らせの標識が立ってたりヤマだけに神社があったりします。上に行くにつれ路上の荒れはひどくなり車は通れそうにありません。


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選鉱場の天辺に到着しました。車道の終点でもあります。選鉱場そのものの痕跡はコンクリートの土台しか見当たらなかったので見晴らしの良い景色でもお楽しみください。


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道の本当のどん詰まりには約45°の急勾配にレールが敷かれているではありませんか。こりゃインクラインっすな。インクラインの上は草の侵食がひどく下までレールが一直線に続く様は見られませんでした。


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急斜面を四つんばいで登ってインクラインの天辺に来てみました。鉄索が滑車にかけられ、付近には巻き上げ機。巻き上げ機は簡易な小屋に納まっていたらしく崩れた材木に埋まりかけ。本体は真っ赤に錆付きさすがに動きはしないでしょうが、今でも機械油の匂いをばらまいていました。


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ここまで上って気づいたんですが、インクライン登らなくても古い徒歩道っぽい平場がありました。近くに高圧線も通ってるし、ただ上に来たかっただけなら高圧線の点検路→徒歩道の方が楽ですね。この情報、全人類で一人二人しか欲してない気がする。


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次はインクラインを逆に下ってたら穴が。貴様何者だ! 名を名乗れ! さもなくばこの斬り込み隊長Morigen様の懐中電灯が火を噴くぜ!(意味不明)


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デイヤー! 入っちゃったー!ここは選鉱場ですから採鉱をした場所ではないはず。ってことは峰をはさんだ反対側の焙焼炉と選鉱場との間で鉱物を輸送するトンネルですかね。生き物の気配は全くないのに地面にはなぜか動物の毛が散らばっています。


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ベルトコンベアがまっすぐにまっくらクライクライ。国際救助隊が出撃時に使う無駄に方向転換する滑り台の残骸かもしれません。コンクリート巻きは坑口だけで奥の方は見える範囲ずっと素掘りに丸太の支保工。崩れかけのせいで進む気はとても起きません。また高い湿度と圧迫感は生理的に無理。本能に従いお天道様のもとへ帰ります。


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当然奥に足を踏み込んではきませんでした。家に着いてから写真を明るくして拡大してみると大崩落が見えるので行かなくて正解。


トンネルが本当に輸送路なら、焙焼炉付近にも坑口があるはず。ということで最初の場所に戻ってきました。さて坑口は何処かなっと。
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あった。鉄板のようなもので塞がれちゃってましたが、たしかに坑口っぽいです。救助要請があれば忍者屋敷みたいに板がくるっと回ってスコットが出てきてサンダーバード1号に搭乗するわけです。いやだから違います。

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主要地点の地図

参考文献

  • 松崎岩穂(著)、『上ノ国村史』、上ノ国町役場、1956年
  • 松崎岩穂(著)、『続上ノ国村史』、上ノ国村役場、1962年

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  • 2014-10-11
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コメント

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    小野寺吉政
    2016-09-21T16:34+09:00(JST)

    懐かしいですね、若葉小中学校の小学生4年生までいた記憶があります、現在66才ですから10才頃56年位前ですね、5,6年前札幌に行く途中寄りましたが何もなく鉱山跡ばかりでした