日高横断道路(新ひだか側)

と2日に渡り走ってきた日高横断道路未開通区間の新ひだか町(旧静内町)側の様子を、2日分チャンポンにして書いてみます。そういうことで写真が突然薄明から日中になったり天気が突然変わったりしますが動じないで下さい。


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まずは日高横断道路、新ひだか町の閉ざされた区間を地図でご覧ください。地図のはるか左下に新ひだか町旧静内町の市街。町外れを起点にした道道111号静内中札内線がいよいよ日高山脈に差し掛かるタイミングでゲート。そして静内川岸を登って支流のコイボクシュシビチャリ川を詰め静中トンネルで十勝管内中札内村に入ります。


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始まりの地は新ひだか町(旧静内町)の静内ダムサイト。始まりの地なのにポケモンで言ったらいきなりセキエイ高原ぐらいの辺境。静内ダムの天端上は多くのそれと同じように車両の通行を許すものですが、対岸に一般人が用事のあるものといえば登山口ぐらいのもの。ほぼ登山者のために解放されているようなものですね。静内ダムから堤体を通らず右岸をチャリで走り出します。


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右に静内ダム堤体。手前から左奥に日高横断道路。日高横断道路はここに第一のゲートが設置され一般車両は文字通り門前払いを食らいます。この道をいきなり塞ぐゲートは明らかに林道のものでなく道道や国道にありげなゲートです。謎の電光掲示板や監視カメラも併設されていて、事情を知らなくともなんとなく普通の道でないということが伝わってきます。


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ガードロープにデリニエータに落石防止ネットに落石防止柵に標識。道は斜面に沿ってワインディングする1.5車線の砂利道。山で見かけがちな色んな道の風景が一枚の写真の中に!


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しばらく行くと最初の橋が見えてきました。工事時の名称は4号橋。橋銘板では竣工の辺渓見橋。写真は奥が中札内方向、僕が立っている側が新ひだか方向なんですが、どうもこちらの取付道路の様子がおかしいんです。


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橋の反対から新ひだか方向を臨んだ写真です。これってトンネル掘る気満々だよね?実は今日走り始めた静内ダムよりも前からここまでトンネルの計画がありました。静内トンネル、延長1,598m。反対側の坑口は湖畔橋近くの正気を疑うクランクカーブの近く。トンネルが完成すれば湖畔橋はダムの管理用道路となりクランクカーブは交差点になるのだと思います。、日高横断道路建設凍結を前にしたに辺渓見橋は完成していて、従来の道と新道と言える橋が混在しています。


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4号橋のすぐ次には山に沿う砂利道と並んで建設中の5号橋が控えています。


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この躯体は形から橋脚ではなく橋台と思われます。土圧に耐えることも無く、支承のために用意された王座も雨水を支えるだけですね。


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5号橋の反対側には躯体に被せられた古いブルーシート。工事関係者は再開を誓い現場を去ったに違いない。


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次に見えてきた橋は鬼渓橋。道道向けに架け替えられていない林道の橋の様です。


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鬼渓橋を渡ると十字路。右は「高見発電所放水路」、左は「工事車両出入口」、日高横断道路は真っ直ぐ。左は大きな盛土が築かれ居ますがこの上が横断道路になる予定だったんでしょうか。


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小さな青看風標識曰く右は「高見発電所方面」、左は「道道静内~中札内線(高見ダム方面)」。それは分かったけど、その下にもうひとつ立っている標識曰く「工事現場まで あと36km 株式会社村田土建」。静内の市街地から約20km走って獰道に入りそこからここまで危険な道を約8km、更にここから現場まで36km。しかも土建ってことは大型車で走るんでしょ?現場に辿り着くだけで至難の業すぎる。


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この先の高見ダムに向けて順調に標高を上げていく道。はるか下方には先ほど分岐した高見発電所方面に至る高見林道の目梨別橋。目梨別はこの川の古い名前です。現在の2級河川の指定ではずっと上流のナナシ沢川に近いハセノ沢川(地図にも載っていない小河川)までが静内川として告示されていますが、昔の静内川の上流部は「メナシュンベツ」とか「メナシベツ」といわれたらしい。地形図でも平成一桁代頃まではメナシベツ川と表記しています。


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前方に大きなロックフィルダムを捉えました。あれが高見ダム。日高山脈を西に下る沢は水量は少ないですが、大きな落差を持っているため各水系を地下水路でつなぎその落差を余すことなく水力発電に利用しつくす。という「日高電源一貫開発計画」で鵡川水系・沙流川水系・新冠川水系・静内川水系の4水系にまたがる大規模な水力発電の水路網を構築し、その計画の中核の一つとなったのが高見ダムです。高見の水は100%静内川水系ですが、さっきの静内ダムの湖水では何%かははるか彼方沙流川水系パンケヌーシ川の標高760m付近の取水口からやってきているかも知れません。日高電源一貫開発計画では沙流川の岩知志発電所を皮切りに14の発電所が完成しました。完成の高見ダム/発電所は発電量200,000kWで新冠ダム/発電所とならび最も大きな出力を誇っています。また堤体は完成時北海道内で最も堤高が高く、今でもロックフィルダムとしては道内ナンバーワン。補助多目的ダムに限れば日本一。


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高見ダム堤体前で本日2つ目のゲート登場です。中札内側では3つあったゲート、静内側ではいくつ出てくるのでしょうか。高見ダムから奥はからにかけて通行止め、この年8年ぶりに解除され扇状滝橋付近まで通れたようです。開発局の道路情報のページでは静内ダムより奥はすべて「土砂崩れのおそれ」でより通行止めとなっています。


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高見ダムの背後は高見湖。見える範囲でまだ全体の1/5ほど。日高横断道はしばらく湖の右岸に沿って進んでいきます。


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高見ダムを過ぎてからは森の中をなぜか標高100mも登り下りして高見湖畔に出、大きな入り江に架かる般別大橋を渡りました。


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うわーこの世界に人間がー!とファンタジー世界の住人のような声が漏れました。こりゃ怒られるかなーと思ったら、通る人通る人みーんな「どごまで行くの?」「乗せてこか?」「クマ気ィ付けろよ~」と声かけてくれます。でもね僕は走るのが目的なんです。お気持ちだけ頂戴し、現場へ向かう運ちゃんを見送りました。


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般別大橋から約3km、高見湖畔のもう一つ大きな入り江に辺渓別大橋が見えてきました。この間狭くて先の見えない連続カーブの道を、前から後ろから次々やってくる大型ダンプをやり過ごすのが今日一番の苦労。自転車とダンプの離合すら難しいのにダンプ同士はどうやってるのか21世紀最大の謎とされています。


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再びダンプにまぎれて約1km。今度は道端に石碑が立っています。今では高見湖の底に沈んだ地に「高見」という集落がありました。この土地は旧土人給与地として開放されに自分たちで道を切り開きながら20日もかけ入地したそうです。ここに建つのは彼らの苦労を称える石碑かといえばそうじゃなく、彼ら最初の開拓者は交通の便の悪さと満州事変の影響で定着はしませんでした。


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石碑を残したのは戦後の緊急開拓でに満州からの引揚者19戸に始まる開拓者たちです。後に樺太の引揚者なども加わりの記録では36戸約160人の人々が暮していました。少ない適農地、生産物は交通不便のため搬出困難。現金収入の機会も乏しく極貧生活であったのは明らか。もちろん医者は居らずどんな小さな病気も命にかかわるのは容易に想像できます。高齢化の進行での全戸移転まで頑として鍬を振るい続けた住民に、道民の強い開拓魂を刺激される気がします(僕内地出身だけど)。満州や樺太の開拓から含めると何年になるでしょう。ほとんど一生を開拓に捧げた皆さんに藍綬褒章を100万個くらい差し上げたい。なお無人化当時高見ダムはまだ計画段階であり水没に伴う移転ではありません。


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地形が平坦になり、この何かに使えそうな地形を「高見青少年研修広場」「高見湖畔広場」という2つのキャンプ場にしていました。確か静内ダムの近くにもキャンプ場ありましたよね。静内の人はそんなにキャンプに飢えてるの?


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高見青少年研修広場はなにやら工事中のようです。先ほどから行き交うダンプはここに吸い込まれていきます。


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高見湖畔広場はこう。写真は駐車場の跡でここ意外は全く森と同化してしまっていました。こんなクマの巣みたいな奥地まで来てキャンプする人いたんでしょうか。に高見ダムが完成し、翌に日高横断道路が着工、そしてこれら2つのキャンプ場がオープンしたのが。まだまだ高見が切り開かれるべき観光集客地と期待され横断道路もいつの日か成るものと思われた時代でした。


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3つ目のゲートが出てきました。標識類は全部中札内側を向いてます。いったい誰がそっちから来るっていうんでしょう。


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ゲート前からは高見林道が分岐し、高見湖の対岸と連絡しています。高見林道からは更に別の林道が分岐し道道534号・234号・746号などにつながり地図上では三石との交通の便が図られています。高見の開拓地の人々は静内川沿い以外にこのルートでも町に通い、一時期はこちらに依存していました。そんな関係か、道道746号は不通区間を残しつつも高見を始点としています。今日高見はダムに沈み道道111号は建設凍結となっちゃったから、道道746号の整備は絶望的だね。


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地形はまた険しくなり片切片盛でようやく1車線な道。まだまだこんな道が続きます。


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幌寒橋を渡ります。高見ダムも静内ダムもない完成(現況調書では築造)なのにさらなる奥地開発を目指していたらしく橋格はまさかの1等橋です。もしかしたら東の沢ダムの調査・建設を見越していたのかも。


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さすが道道、白看配備済み。でも制限10km/hって!ウサインボルトの全力疾走で一発免停。


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最小曲線半径14m。でも主要道道。最急勾配17.4%。なのに主要道道。最小道路幅3m。ところが主要道道。右も左も垂直な崖に挟まれ造山帯のど真ん中にどうやって2車線引くのか想像できません。日本の土建業者は人知を超えた何かすごい技術を隠し持っているのかね。


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この辺、道路の通る斜面はことごとく崖。目の前にどうでも良さそうな小さな橋が架かってますがこうでもしなきゃまともな離合箇所も確保できません。


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静内ダムを出発し4時間。ようやく高見湖のしっぽまで遡ってこられました。もう大分奥地まで来たような気分です。もっとも中札内側を走ったときより3倍以上の距離をすでに来ているんですから。


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ここで地図を見てみましょう。なんとまだこれっぽっち。半分しか来てません。ダム湖を2つ越えて無数のカーブを折り返してきた苦労は一体なんだったのか。こんなのがまだ半分も残っているのか。それをまた帰ってこなきゃ行けないのか。みんななかなか最奥部まで行きたがらないわけです。


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行く末の長さを嘆いときながら直後に少し寄り道して威別林道の威別大橋。


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旧橋か工事用通路か、威別大橋の上流数十mにかかっている吊橋がコワい。明らかに普通用いられない簡易すぎる構造。敷線が無く板を踏み抜いたらサヨウナラ。耐風索?何それおいしいの?吊索と主索の接続方法は吊索グルグル巻き。小さい吊橋ってワイヤクリップの取り付け方を間違えてることがあるんですがこれはそもそもワイヤクリップを使っていません。吊索の少なさも目を見張ります。主索の定着方法も気になるかと思いますが残念ながら見れず。たぶん木に巻きつけた程度なんだろうな。


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道に戻ると恐縮ながらキムンカムイ様の御成りにあらせられましたでございます。新ひだかの林道に3回入ってヒグマとの遭遇2回。エンカウント率高すぎるよ。トラックの運ちゃんに言われた「クマ気ィ付けろよ~」のフラグをしっかり回収し先を急ぎます。


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しばらく見かけなった43kmの距離標とともに道の表情が突如上向きました。砂利敷きではあるものの幅は2車線で曲線は緩やか。地形図は3m未満の道路から13m未満の道路を示す記号にスケールアップしました。これはきましたね。おそらくここからが開発局が建設担当した区間、すなわち開発道路。25.3kmある開発道路のうち新ひだか町側ではにそれぞれ3kmと1kmの計4kmが北海道に引き継がれ供用済みとなっています。この間には大きな橋もありますよ。


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前方にいきなりおっきい橋!東の沢橋(シビチャリ1号橋)だ!


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この誰もいない山中に場違いな巨大ラーメン。ゲタをはいた橋脚が無人の205mをつなぎます。ここに建ってから20年以上経ち、高欄では上塗りの白と錆止塗装の赤がまだらに入り乱れています。例え日に1人も通らないとしてもメンテは欠かせません。


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東の沢橋付近から静内川は2本に分かれ、右股はコイカクシュシビチャリ川、左股はコイボクシュシビチャリ川。静内川はかつて染退しべちゃり川と呼んでいたのを、町(当時の静内町)と川の名が相違していては何かと不便ということでを以って改名したそうです。静内川もシビチャリ一家なのに改名でつながりがわかりにくくなってしまいました。さらに「静内川」の名はかつて別の川に付けられていたということなのでなおさら解りにくい。日高横断道路は左股のコイボクシュ沿いに進みます。東の沢橋が架かる前の旧道はコイボクシュの右岸に道があったようですが、すっかり土砂に埋まってしまってここからでは姿は確認できません。写真に見えるトラス橋はコイカクシュを遡り東の沢ダムやペテガリ山荘に至る東の沢林道です。


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東の沢林道は東の沢橋の下をくぐって、幾つも覆道を抜けて見えなくなります。ペテガリ岳登山の中継地となるペテカリ山荘まで車道が続いていますが、落石等の危険があり高見ダム以降1995~2002(平成7~14)年までの間一般車両が通行できたのはわずか1箇月間だけだとか。承知の通り今も走れず。登山者は浦河側から歩いて山越えして入るのが普通らしいです。村田土建さんの現場あっちにまだ14km。距離的に林道の終点付近まで行っちゃうみたい。頑張れ村田土建!


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続いてコイボク橋(シビチャリ2号橋)。峠部にある静中トンネル付近の標高680mくらいまでは植生もほとんど変わらないということだし、橋の前後は舗装済だったりということで風景は近郊とさほど変わりません。


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コイボク橋から見る旧道。東の沢橋は、コイボク橋はに完成し、20年もの歳月が林道を再びV字谷に戻そうとしていました。


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この間見てきた中札内側に比べ新ひだか側は地形が一段と険しいです。中札内側ではV字谷の底に広い河床があり斜面を削ることなく盛土で道を確保できていました。こちら新ひだか側では谷底は函状に深くえぐれ川幅狭く中札内側と同じにはいきません。唯一の救いとなるコイボクシュシビチャリ川沿いに点在する段丘状の平地は蛇行のたび対岸に出現し、それを追いかける道路は今こうして渓谷を大規模な橋で突っ切ります。


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扇状滝橋(シビチャリ3号橋)。名前は川の右岸にあるらしい「扇状の滝」から来てると思われます。左奥には次の橋が見えてます。


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秀水滝橋(シビチャリ4号橋)。川の左岸にあるらしい「秀水の滝」から来てると思われます。


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秀水滝橋を渡った袂にある46.4kmの距離標。思えばこれが最後に見た距離標でした。


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静内ダムから通算4つ目のゲート。開発局から道に引き継がれた区間に入ってから4km半くらい来ています。たぶんゲートは「ここから開発道路だよ」っていう仕切りなんだと思います。


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シビチャリ5号橋。なんでこう下路アーチが多いんでしょうね。桁下にかなり高さがあるから上路式にすればいいと思うのですが。景観的にも浮いてるし。


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北海道に移管されていない開発局の区間に入って始めての橋。ついに橋名板が空っぽです。これだけは北海道のお仕事なんでしょうか。


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シビチャリ5号橋から上流方向には古い橋が見えます。シビチャリ5~7号橋の旧道には橋は無く、あれはかつてのナナシ林道の入り口に架かっている橋です。


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シビチャリ6号橋。


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6号橋の下、ナナシ沢川には取水か水量測定か何かの施設がありました。手付かずのようで意外と手が入っているコイボク沿いです。


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シビチャリ7号橋。これだけ橋が続くといくら大型といえども飽き飽きしてきます。


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7号橋を渡り終えたところでまた1車線になってしまいました。残念そうに言うけれどこれが本来ここにあるべき姿。


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ここでようやく小さなシビチャリ8号橋、シビチャリ9号橋。


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シビチャリ10号橋。この橋はまだ地形図に反映されていません。っていうかこの先の橋全部載ってません。地形図に載せる/載せないの基準て何なんですね。未供用(未成)は載らないなんて話を昔聞いたのですがこれは8・9号は供用済みで10号は未供用ってことなの?どうなの国土地理院さん。


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シビチャリ11号橋。ここからまた大きい橋。こちら側の盛土が出来ていないので建設途中みたいな印象を受けましたが橋自体は完成済み。頃、架設途中のこの橋が落ち、作業員4人が転落しました。3人は重軽傷、1人は行方不明。前日から当日午前にかけての大雨で川は増水し結局行方不明者は発見されませんでした。


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主径間のこの立派なトラスが落下した桁。両岸に塔を架設し吊橋のように桁を吊ながら空中で組み立てる直吊工法で架設中、塔のクリップからケーブルがはずれたのが原因。クリップの点検や締め直しを怠り4人を死傷させたとして1次下請け会社の1人が書類送検されました。


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11号橋を渡った先は一段と車が来ないらしく轍が薄くなっていました。その理由は奥に見えるシビチャリ12号橋にあります。


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12号橋は踏み掛け版はまだ打ち込みされていません。12号橋は11号橋ほど工事が進捗していないまま凍結したみたいです。


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床版もまだ張られていません。ここまで作っときながらこんな状況のため車1台通ることはありません。主桁の幅と全く同じトレッドの車があれば別ですが。ひとたび完成させてしまえば、たとえ1日1台しか通らなくとも果てしなく続く維持管理の輪廻にお金を充て続けることになります。莫大な建設費を凍結理由の一つにしているとだけあって金のかかることは減らしたかったと見えます。


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とりあえず監査路に降り途中まで行ってみました。もうね、コワい。


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少し戻って旧道を使い迂回してきました。ん?監査路渡ればいいじゃんって?自転車通れないもん。別に高所恐怖症は関係ないよ!


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シビチャリ13号橋。ラストナンバーの橋まであと1つという所まで来ました。


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上流には平行して旧橋が架かっています。地形図に載っているのはあっち。


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旧橋の溪靜橋。橋名板に完成とあります。ちょうど高見ダムの建設が始まった頃。同時に奥地の開発が盛んになったんでしょうか。


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溪靜橋から見たシビチャリ13号橋。判りにくいけど方杖ラーメンです。


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日高横断道路のどん詰まりが近づいてきたところで、右に本線の基礎を作ったコイボク林道を輩出。この林道は北で川を渡りちょうど対岸辺りに見えるはず……


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そうかここがユンガスか。この勢いで山一つ越え、コイボクシュシビチャリと負けず劣らずの険しさを誇る隣のシュンベツ川まで足を伸ばした挙句ブツ切れになるという潔いほど向こう見ずな林道です。


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ついに最後の橋、映光橋(シビチャリ14号橋)。


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出来てる橋としては一番奥になります。ここまで来ると桁の部材1つ運び込むのも1日じゃ出来ないんじゃないですかね。急カーブはどうやって曲がってきたんでしょう。後輪も操舵できるような秘密兵器を出してきたの?


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最後まで残り僅かになり空模様がまるでボスの出てくるかのような演出です。


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ついに着いたぞ、北海道道111号静内中札内線、日高横断道路新ひだか町側の最奥部、千石トンネル。「中止」じゃなくて「凍結」だから密閉はしてないのかな?ここから最寄の人家まで約45km。ここにうっかり家建てたら回覧板が大変です。


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Googleマップで見る限り反対側まで貫通しておらず、また曲線であるのも手助けして中は真っ暗。でも斜面崩壊やクマの脅威が溢れる外に比べりゃオアシスです。今文明が滅んだら絶対ここに住もう。ほら、さいとうたかをの『サバイバル』でもトンネルに住んで生き延びてる人いたじゃん。


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日高横断道路の建設工事での死亡事故は11号橋ともう1件、このトンネルでも起きています。、落石事故があり作業員1名が亡くなられました。やっぱり住むのやめよう。


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自然環境保全法が制定され、翌年大雪縦貫道路や士幌高原道路が自然保護のため建設中断になりました。このことは日高横断道路にも強く影響し、多くの環境調査の追加と環境保護団体等からの反発を受け続けることになります。トンネルを抜けると日高山脈襟裳国定公園の中。公園は指定ということで開発道路着工の少し前のこと。環境を重んじる声が一番加熱していた時期ではないでしょうか。国定公園の指定で自然の重要性に折り紙をつけ建設中止の材料にしたかったという考えが透けています。そんな国定公園の中をまだまだコイボク沿いに遡ります。近くに林道や工事用道路も皆無な新規開削の区間です。詳しい図面は拝見したことが無いのですが、大体こんな感じかな?建設反対派対策で情報を出し渋っているのかはたまた本当に無いのか、この間の橋・トンネルについては全く情報無し。


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そして千石トンネルに入ってから3kmばかし、日高横断道路の核心になるはずだった静中トンネルへと入っていきます。「トンネルは標高680m付近」・「延長は4,782m」という文字だけのヒントを頼りに線を引くと坑口は画像の位置ら辺。静中トンネルを中心に7.7kmが全く未着工のまま終わっています。


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こんな長々書いてオチがこれ。サンタさん今年はいい子にしてるので2ストエンジンがほしいです。


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主要地点の地図

参考文献

  • 『1 北海道電力(株)日高電源一貫開発計画 日本』(水力実施協定の活動成果 第2期 Annex-8 報告書より)
  • 『北海道新聞』、1997-08-11夕刊15面、「日高・十勝中央横断道 建設中 橋げた落下 1人不明、3人重軽傷 静内」
  • 『北海道新聞』、2000-02-18朝刊29面、「トンネルで落石 作業の男性死亡 日高横断道」
  • 『北海道新聞』、2003-05-16朝刊34面、「日高横断道の閉鎖区間が開通 ペテガリ岳登山可能」
  • 「新名所 高見湖周辺ガイド」、『広報しずない』No.452(1985年7月)、pp.6-7
  • 札幌営林局(編)、『開拓地実態調査報告』、札幌営林局、1951年
  • 静内川治水史編集委員会(編集)、『静内川治水史』、社団法人北海道土木協会、1993年
  • 静内町史編さん委員会(編集)、『増補 改訂 静内町史 下巻』、静内町、1996年
  • 名児耶喜七郎(編集責任)、『高見』、高見小中学校、1957年
  • 日経コンストラクション(編集)、『建設事故 重大災害70例に学ぶ再発防止策』、日経BP社、2000年
  • 北海道、『平成14年度 政策評価(分野別評価)の結果に関する報告 (その2)』、2003年
  • 北海道開発局、『主要道道 静内中札内線』(帯広開発建設部 再評価バックデータ)、2003年度

変更履歴

  • 2014-09-16 タイトル変更
    「日高横断道路(静内側)」→「日高横断道路(新ひだか側)」
  • 2014-09-16
    サーバ引越しに伴いページを移動
    旧URL:http://iyokanmorigen.blog122.fc2.com/blog-entry-375.html
    新URL:http://morigen.net/blog/?p=2210
  • 2016-01-02 リンク切れ修正
  • 2016-01-04 誤字修正
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コメント

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    ココ
    2016-03-12T23:29+09:00(JST)

    ここに仕事で行ったことがあります。
    静内の国道から二時間かかってトンネルの入口の飯場に到着。
    仕事が終わっても夜は道路は通行止めなので宿舎で一泊し、翌朝出発しました。
    宿舎には衛星放送があったのを覚えています。
    私はトンネルの仕事で行ったのですが、林道の途中に完成済みの橋梁がいくつもありました。
    もったいないですね。